いま注目を集めつつあるMQA-CD。レビューはオーディオメディアや拙稿でも取り上げていますが、その際に既存のフィジカルメディアSACD, HDCDに例えられる場面があります。そのなかにはMQA懐疑論のコンテクストで失敗したメディアのメタファーとして使われることも。そこで今回それらスペックを比較考察してみました。わかりやすいように類似点と相違点として区分しています。
[類似点]
|
SACD |
HDCD |
MQA-CD |
規格 |
スカーレットブック |
レッドブック |
レッドブック |
容量 |
4.7GB |
700MB |
700MB |
オーディオ形式 |
PDM(DSD) |
LPCM |
LPCM |
プロセス |
end-to-end | end-to-end | end-to-end |
デコード |
○ |
○ |
○ |
デコード無しの
コーデック |
LPCM/2ch
16bit/44.1kHz
(option 5.1ch) |
LPCM/2ch
16bit/44.1kHz
|
LPCM/2ch
16bit/44.1kHz |
ライセンス |
有 |
有 |
有 |
・規格:物理仕様、HDCD, MQA-CDはCD-DAのレッドブック規格、SACDはスカーレットブック規格。
・コーデック:デコーダ無しの場合、SACD, HDCD, MQA-CDはLPCM/2ch/16bit/44.1kHz共通。
・オーディオ形式:HDCD, MQA-CDはPCM。SACDはPDM(DSD)ですが、元音源はPCMである場合がほとんどです。
・プロセス:end-to-end は共通でプロセスがコンセプトという点は類似。
・エンコード/デコード:処理の有無はSACD, HDCD, MQA-CD共に同じ。処理方式は相違。
・ライセンス:ライセンスを有する点は同様、ライセンスフィーは異なります。
(符号化という含意でのエンコード処理はCD化でも行いますが、今回は便宜的にエンコード/デコード処理の意味で記載しています。)
[相違点]
|
SACD |
HDCD |
MQA-CD |
主要機能 |
CD層とSACD層のハイブリッド |
ビット深度の拡張 |
ビット深度・周波数の展開 |
仕様/
デコード後の
スペック |
1bit/2.8MHz
(PCMの20bit/88kHz相当) |
20bitへ拡張
Model1-44.1kHz
Model2-88.2/96kHz
(各固定) |
24bitへ拡張
44.1-352.8kHzまで展開
(デコーダに依存) |
DRM |
あり |
あり |
なし* |
リッピング |
不可 | 可 |
可 |
デジタル出力 | HDMI1.2 | HDMI, S/PDIF, TOSLINK |
HDMI, S/PDIF, TOSLINK |
・主要機能の違いについて
SACD:基本的にはデュアルレイヤーのハイブリット。シングルレイヤーSACDは通常のCDプレーヤーでは再生不可。
HDCD:ビット深度の拡張。
MQA-CD:ビット深度の拡張とサンプリング周波数の展開。
・スペックについて
SACD:1bit/2.8MHz。PCM換算で約20bit/88.2kHz相当。
記録容量が多く5.1チャンネルサラウンドデータや74分以上のデータを収納可能。
HDCD:ビット深度を20bitへ拡張。
サンプリング周波数はModel1 44.1kHz、Model2 88.2/96kHzの2仕様があり対応サンプリング周波数は固定。
MQA-CD:ビット深度を24bitへ拡張、サンプリング周波数を44.1-352.8kHzまで展開。
展開時のサンプリング周波数はデコーダのスペックに依存。
・DRM, リッピング機能について
SACD:DRMあり, リッピング不可
HDCD:DRMあり, リッピング可
MQA-CD:DRMなし*, リッピング可
(*MQAはDRMなしと主張していますが、MQA認証機能がDRMとの異論もあり)
・デジタル出力
SACD:HDMI1.2からDSD over HDMIに対応。
HDCD:HDMI, S/PDIF, TOSLINKに対応。
MQA-CD:HDMI, S/PDIF, TOSLINKに対応。
SACD, HDCD, MQA-CDを比較すると違いが明示的にわかります。SACD, HDCDはビット深度/サンプリング周波数スペックがほぼ横並びで、この点は開発された1995年過ぎの時代的な要因と考えます。HDCDのリリースは1995年でModel1では20bit/44.1kHzのスペックでしたので、24bit/352.8kHzまで展開できるMQA-CDは一日の長があります。
また同じレッドブック互換のHDCDとMQA-CDは、エンコード時のフィルタ適用による音質向上、ビット変換ディザリングアルゴリズム、音響心理学的な音声解析などのテクニックが並ぶマーケティングのフレーズからは、MQAのエンコードプロセスの詳細が不明ではあるにせよ、何となくギミックとして重なるイメージを連想するというは声は理解できなくもありません。
ただSACD, HDCDはエンコード/デコードにプロセッサやチップの実装コストがかかり、SACD, HDCDプレーヤーは今なお高級オーディオ向けにしか供給されていませんし、HDCDは後にマイクロソフトがWindowsMediaPlayerにデコーダを実装しましたが、すぐによりハイスペックな24bitのフィジカルメディアが出現し、PCとオーディオとのリンクが発展途上の段階でしたので、タイミングを失したという側面もあるでしょう。
その点においてMQA-CDはエンコーダ/デコーダがソフトウェアのライセンス供給でも可能という点では実装コストが比較的容易であること、コンシューマ向けミュージックプレーヤーにデコーダが実装されたこと、PCとオーディオとのリンクが一般化したことに加え、音楽文化にハイレゾという概念が無かった時代とのジェネレーションギャップも埋まりつつ、他のフィジカルメディアの時代とは環境変化し、導入コストが下がった今日とも言えるものです。
さらにSACD, HDCDはDRM・著作権保護機能を付加することで音質、セールスの両面で失敗してきましたが、MQA-CDはDRMの音質面への影響はないとする巷の分析仮説がありますし、リッピングやコピーなどCDのコンビニエンスな点を踏襲していることがセールスのアドバンテージとして挙げられ、またアンパックするにはデコードするポイントがいずれかで必要ですが、デジタル出力が可能なので機能制限が下がりデバイスの組み合わせの自由度が見えつつあります。
上述に関連する統計データとして、CD以外のフィジカルメディアが受け入れられなかった裏付け資料として、一般社団法人 日本レコード協会の2017年度版
アニュアルレポート(PDF)では、2016年度のフィジカルメディア生産数の内訳は49%がCDアルバム、25%がCDシングル、その他としてSACD, DVD-Audio, DVD-Music, MD等が0.2%という数字が出ています。制作側の多数がSACDを志向していない現実の表れがあります。
こうして見るとMQA-CDはテクノロジーとスペックが向上し、SACD, HDCDのウィークポイントをフォローアップしたものと捉えることができそうです。また16bit/44.1kHzのメディアやデバイスもカバーするMQAの適用範囲の広さも認識できます。そこでハイレゾCDというフレーズはいかにもキャッチーですが、SACD, HDCDに代わるものというだけでは冒頭の懐疑論のコンテクストにつながり、やはりCDのオルタナティブになるかがMQA-CDのバリューであるように思います。関心は尽きません。
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