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Autumn L'Autunno / UNAMAS Strings Sextet [music review]

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アントニオ・ヴィヴァルディの『四季』と言えば、クラシック音楽のなかで最もポピュラーな作品の一つ。なんとなくオフィスやホテルのロビーでBGMとして日常的にメロディが流れているイメージです。ではいつ頃、初めて聴いたのか。おそらく学生時代に音楽の授業で「春」を聴いたとき。あるいはラジオやテレビから流れてきたとき。もはや定かではありません。

 UNAMAS Strings Sextetによる2019年6月発売のアルバム「ViVa The Four Seasons」からの1トラック。アートワークはライトブルーにピンクのフローラルや扇子と思しきイメージのレイヤー。ソフトなトーンのパステルカラーは落ち着いた感じを受けるジャケットデザインです。

 レーベルはUNAMASレーベル。録音は2019年1月28-29日、長野県軽井沢・大賀ホールにて行われ、レコーディング・ディレクターはHideo Irimajiri氏(Armadillo Studio)、デジタル編集はJun Tajiri氏。レコーディング、ミキシング、マスタリングとプロデューサーはMick Sawaguchi氏(Mick Sound Lab)がクレジットされています。





 UNAMSAレーベル公式YouTubeチャンネル "ViVa The Four Seasons" 4K interview インタビュー編

 イントロダクション。自然のリアルなサウンドに惹き込れます。『四季』はヴィヴァルディが作曲したヴァイオリン協奏曲の中の4作品。さらに「秋」は1.アレグロ、2.アダージョ・モルト、3.アレグロの3楽章から成り、ヴィヴァルディが描写したと言われているソネットが付され、楽曲のシーンをイメージすることがきます。"ViVa The Four Seasons"ではおおよそ11分の「秋」3楽章が1トラックとして流れます。

 タタタタタータタと耳に馴染むフレーズ。ヴァイオリンが描く鮮やかな主旋律をヴィオラとチェロの中域とコントラバスの低域がサポートするウェルバランスなクリアサウンド。UNAMAS Strings Sextetではスタンダードなオルガンやチェンバロに代わり、ヴァイオリンソロ x1とヴァイオリン x2、ヴィオラ x1、チェロ x1、コントラバス x1のセクステット構成を為し、コ…

コラム LINNのMQA批判について



 LINNのスタッフによるMQA懐疑論がLINNの公式ブログに掲載されました。この投稿は元々LINN ForumにおいてTIDALのMQA対応を受けたであろう個人的見解としてマーケティングの観点で投稿されたもので、Forumに参加しているLINNユーザーから温かく歓迎されましたが、一方でAudioStreamの記事に同じ内容でコメントを残し反論された途端に削除するというアクシデント(本人はコメントしたことを否定していますが)があった当時あまり話題にならなかったものが今回改めて出たという経緯で、率直に言ってアンフェアであることから、取るに足らないものという認識です。

 著者が冒頭で述べているように、彼の投稿は技術的考察ではありません。音声品質の観点でメリットを述べるつもりはないと、MQAの音質や機能そのものへの評価をエクスキューズしています。後段で述べますが、それでよくもオルタナティブなフォーマットの評価ができるものだなと。百歩譲りそれを受け入れるとして、マーケティングの観点での個人的見解がLINNの公式ブログに昇格というか掲載されたのですから、LINNの組織としての考えとみなすべきなのでしょう。重ねて言いますが、今回の彼の投稿は技術的な考察ではなくマーケティング論です。

 にも関わらず、どこかの評論家だかライターが、MQAはロスレスとは述べてないも関わらずロスレスだロッシーだと印象付けしたり、ダウンロードではなくストリーミングだとかフォーマットをサービス毎に峻別するリアリティのない見解を披露してみたり、PCMとDSDと同様に考えると危険だとか何が危険なのかさっぱり理解しがたいものがありますが、意見を述べることは自由ですが、勝手に忖度し主題とは異なる持論を無理に絡めるスピンはナンセンスにも程がある。またそれを非としないオーディオサークルの自律性の無さはやれやれといった感じです。話が逸れました。

 さて、著者は大きく4つのポイントを挙げていますので、取るに足らないものなのか検証的に読んで参ります。

 ライセンスフィーの問題。録音・編集・流通・再生のオーディオスキームの中で、いかにMQAがコストがかかるのかを強調しているのですが、ご存知のようにCD, DVD, Blu-ray等フィジカルメディアとその録音再生機器にはライセンスが発生し、あるいはダウンロードとストリーミングプロバイダは有料と述べていますが、AACなどのその他フォーマットでもライセンスは同様に発生しており、ユーザーは間接的にフィーを払ってることになります。そのことを意図的に避けているのか言及がありませんし、MQAがどれだけ違うのかエビデンスがないので納得のしようがありません。

 また録音・編集・流通・再生をソフト&ハードウェアの両方で行う現代のプロダクション環境において、わざわざソフトとハードを別項として例示したり、アーティストやリスナーがMQA対応機器を使用することまで”コスト”と表現するなど、録音・編集・流通・再生スキームにおいてステークホルダーが如何に多く存在しているのかをご丁寧に挙げた点は評価したいと思いますが、それ以上でもそれ以下でもありません。強いて言うならば、MQAにライセンスフィーを払うコスト自体は大なり小なり発生しますので、それをマクロで見ると、市場で淘汰されたフォーマットへのフィーは減少する余地はあるでしょう。

 次にDRMの問題ですが、MQAにコピープロテクションが無いことはすでにご承知の通りで、自由にコピーもFLAC to ALAC, FLAC to WAVなどの変換もできます(但し変換の際にメタデータは変更を伴うことがありますが音声信号に影響はありません)。著者の言うDRMとは、フィンガープリントの一種で、MQAであればハード&ソフトウェア上でMQAライトが灯る、マスタークオリティの品質保証を担保するものですが、それが非MQAだと「劣っている」と思われるという懸念です。

 これは裏返しの議論になりますが、昨今のハイレゾはニセレゾと言われるくらい出処不明なハイレゾがマーケットに溢れ、またリマスターのリマスターまで登場し、オーディオ・音楽愛好家から顰蹙を買っている事実があります。これこそ「劣っている」ものの正体ではないでしょうか。それがマスターを手に入れたいという愛好家の要求につながりますが、アーティストとは利益相反のジレンマに陥ってます。MQAはそのマスター(により近い)音源を保証するスキームですから、本来ならば妥協の賜物というか喜ばしい仕組みです。PCMとMQAをダウンロードストアから購入していますが、確かにMQAの方が音質として「優れている」と感じることはあります。

 次に中間業者の問題ですが、その前に非MQAの再生に広告を挿入する云々の話は仮定の話で、しかも陰謀論じみておりアンフェアで有益な話だとは思えません。話を戻すと、著者は様々な課題を解決してきたフリーでオープンなオルタナティブがあるという前提で話を進めていますが、FLACが課題を解決してきたとでも言うのでしょうか。先述のアーティスト報酬とニセレゾの件や冒頭で技術的考察を控えると棚上げしておきながら、解決してきたとは如何にも説得力がありません。

 そしてMQAは何も貢献価値のないものに代価を払う「レンティア資本主義」の主旨を述べていますが、経済学に少々疎いのでマルクスの経済論には本稿では言及しないとして、一般的には彼の言う最も悪質な中間業者が搾取することを指していると思われますが、先にも述べたように、パテントはビジネスの側面を持ち現在もそのビジネスは他のメディアで続いています。その現実を踏まえない”べき論”で一方的にオープンなフォーマットが解決してきたとし、それを阻害する社会に有害なものとは自己陶酔かな言い過ぎで呆れます。

 次にクリエイティビティの問題ですが、MQAの価格。ダウンロードストアでMQAとFLACの価格差を見れば一目瞭然です。MQAはリージョン規制により国内ではメジャーレーベル・ワーナーミュージックの商品が現状では買えませんが(これも問題なのですが)、海外ストアではFLACとほぼ同価です。ハードウェアですが、LINNの(クローズドな)EXAKTシステムを揃えることとMQA対応DACを揃えることを比較してみてください。その差額でMQAやPCMのタイトルがいくつ買えることでしょうか。

 そしてメジャーレーベルがMQA版をリリースすることでマイナーレーベルが淘汰されると言わんばかりの危機感の煽りようですが、MQAランチからTIDAL対応の今年1月までの間、MQAをリリースし続けてきたレーベルがどこかご存知でしょうか。2Lを含む全てがマイナーレーベルです。彼らがMQAを選択しサポートしてきたと言っても過言では無い。拙宅のストレージにあるMQA音源は全てマイナーレーベルの素晴らしい作品ばかりです。そして今も彼らは作品をリリースし続けています。そしてそれら作品が素晴らしいから購入しています。これがファクトです。フォーマットの問題なのでしょうか。

 ALACのオープンソース化については、当時AppleのハードウェアデバイスとApple musicの販売戦略の一環という見方が大勢で、FLACと同種のコーデックなので音楽デバイスメーカーによる企業間競争の中でのストーリーです。SACDについては、DSDアーカイブズをマネタイズ化するためにCD規格以上のフィジカルメディアとして想定されたスキームにDRMを実装し割高な市場価格でしたので、データメディア, non-DRM, 市場価格がほぼ等価なPCMベースのMQAと同一視するにはバイアスがあるのか、短絡的に過ぎるように思えます。

 さて、勘の良い方ならお気づきでしょうが、MQAは現況の音楽産業構造の変化(ゲームチェンジ)を伴います。少なくともフォーマットを含むソフトウェアをオープンに配布・使用し、クローズドな囲い込み的なハードウェアでその代価を満たすビジネスモデル(いわゆる”フリーランチはない”)があるならば、そのモデルは否応なく変化を突きつけられる可能性があるということです。そしてMQAはダウンロード・ストリーミング問わず音質の底上げですから、携帯で圧縮音楽を聴く一般リスナーとオーディオセットでハイレゾを聴くオーディオ・音楽愛好家の音質格差は縮まるものと思われます。当然、そのことをよく思わないステークホルダーもいることでしょう。

 フリーでオープンなフォーマットとは聞こえがいいですが、デジタルコピーによるアーティスト報酬機会の損失とサプライチェーンに音源改変を許し続けているのは現状のオープンフォーマットのスキームであり、その課題のあるフォーマットをリスナーが高音質再生するには相当のコストを払い、その利潤を受け続けているのは著者の在籍するオーディオ業界であるということ。その視点論点を避けているのか問題意識を持ち合せていないのか。だとしたら、それがリスペクトしている組織の見解であることに残念な思いしかありません。

 そこでふと思うのですが、経済的・情報的(音質的)格差を内在する現在の音楽産業構造は、グローバル化がもたらす資本主義経済の構造を見ているかのようだと。政治経済分野においては国際的な取組みが課題となっていますが、音楽産業界において、諸課題の解決策としてのMQAの提案を「レンティア資本主義」と非難するだけしかない今回のステークホルダーの投稿は警鐘として見ても説得力に乏しく、虚しくも残念で仕方がありません。一方で、もし理想のフォーマットのアイデアがあるならば、話を伺う姿勢はありますし期待感を表明しても全く支障はありません。歓迎いたします。




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