AppleMusic, Spotify, TIDALなどストリーミングサービスやインターネットラジオの音量が低いと感じたことはありませんか?
少し前になりますがCommputerAudiophileに「
Dynamic Range: No Quiet = No Loud」という記事が掲載されました。音楽制作エンジニア"Mitch “Mitchco” Barnett氏の論考で、アナログ時代からデジタル時代への録音、編集作業の変遷と音圧競争の過去と現状が記述されています。ダイナミックレンジの圧縮は音楽の寿命を吸い込むとして、音圧競争を終了するためにダイナミックレンジ値:DR12以上でレコーディングすることを呼びかける興味深い内容です。
関連して
DynamicRangeDay(ダイナミックレンジデイ)というサイトではラウドネス関連の客観的なデータが示されています。例えば以下のような副題のサマリーが記されています。
- ラウドネスはセールスに影響しない。
- リスナーは高コンプレッションを好まない。
- コンプレッションが低いの音質は良い。売上には影響しない。
- リスナーはラウドな音楽を好まない。
それが本当かどうか確かめてみることにしました。世界で最も売れたアルバムのトップ10のリストです(*1)。 ポッポス、ロック、ハードロックとジャンルに幅があります。
No.1 - Michael Jackson「Thriller」(1982) - 6,500万枚
No.2 - AC/DC「Back in Black」(1980) - 5,000万枚
No.3 - Pink Floyd「The Dark Side Of The Moon」(1973) - 4,500万枚
No.4 - Whitney Houston/Various artists「The Bodyguard」(1992) - 4,400万枚
No.5 - Meat Loaf「Bat Out of Hell」(1977) - 4,300万枚
No.6 - Eagles「Their Greatest Hits (1971–1975)」(1976) - 4,200万枚
No.7 - Bee Gees & Various artists「Saturday Night Fever」(1977)- 4,000万枚
No.8 - Fleetwood Mac「Rumours」(1977) - 4,000万枚
No.9 - Shania Twain「Come On Over」(1997) - 3,900万枚
No.10 - Led Zeppelin「Led Zeppelin IV」(1971) - 3,700万枚
これらを
Dynamic Range Databeseで検索したところ、ほぼ全てのアルバムのDR値が12前後、良いものはさらに高値でした。なかにはDR8, 9など低値もありますが、2000年代前後の音圧競争時代のCDメディアでした。初版の発売時期は2000年以前ものばかりですので、一部のリマスター版以外はレコード、カセット、CDとフィジカルメディアの違いこそあれ、好セールスの作品はDR値と相関があるという主張は一応の説得力があります。それでも近年は高めの傾向があります。
音圧競争を終了すべく啓蒙活動は
DynamicRangeDayのほか
SoundOfSoundにはマスタリングエンジニアによる「
ラスドネス戦争は終了するか?」という音圧競争についての網羅的な記事があります。レコードは物理的要因からピークが限られていましたが、デジタルデータでは物理限界がなくなりピーク限界を超えるようになった背景からラウドネスが過大になり、その影響としてデジタルラジオ放送やストリーミングのリスナーからラウドネス・ノーマライゼーションへの声が上がるようになってきたとしています。これは2014年の論説ですが、業界団体は2000年初めから様々な取り組みを行なっているようです。
具体的には国際的なオーディオ規格(EBU R128およびITU-R BS-1770)があります。ブロードキャスティング業界はラウドネス・ノーマライゼーションの導入、ターゲットラウドネス値の設定、ラウドネスメーター設置を規格化し、たとえば日本民間放送連盟(JBA)ではARIB TR-B32に準拠したTO32という
ガイドラインに沿ったテレビ音声レベルの運用を規定し勧告ています。要約すれば、ターゲットラウドネス値-24.0LKFS±1dBを超えてはならず、目的は番組やCMの音量感のばらつきを最小限に抑えた“視聴者にやさしい放送”の実現であるとしています。
オーディオ業界ではAES(Audio Engineering Society)が2015年10月、TD1004.1.15-10「
Recommendation for Loudness ofAudio Streaming and Network FilePlayback」(PDF)でストリーミング・ネットワークサービスの音声信号は-16LUFSを超えないよう勧告しています。
Production AdviceによるとYouTubeでは- 13LUFS, iTunes Radioは- 16LUFS, Spotifyは- 14LUFS, TIDALは- 14LUFSと測定されています。レベルメーターソフト企業の
TheMasteringMix社のウェブサイトではAppleMusicで- 16LUFS, YouTube, Spotifyは- 14LUFSと測定されています。若干の差こそあれ、近年はAES勧告- 16LUFSに数字が近づきつつあるということが伺えます。ちなみに上記の単位であるLKFS=LUFS=dB (*2)とみなせます。
ノーマライゼーションと言えばできるだけ-0dBに近づけて音量を稼ぐためのメソッドですが、もう一つの目的として音量をできるだけ平準化する手法でもあり、ラウドネス・ノーマライゼーションはその後項。冒頭の画像は有名ロックミュージシャンのトラックをラウドネスメーターで計測、上図はLoudness Normalizationプラグインでレンダリングして視覚化したものですが、ラウドなトラックの音量が下がったことがわかります。
さて、先日ドイツのStereo.de誌のウェブ版に「
Beendet Tidal den Loudness war?」(05/25/2017)(意訳:TIDALが音圧競争を終わらせるか?)というタイトルのニュースが掲載されました。これはAES Berlin 2017でGrimm Audio社のEelco Grimm氏が発表した論文「Tidal will end the Loudness War - why loudness normalization is vital for audiophiles」であり、Grimm Audio社の公式facebook
投稿、AESのリリース「
Loudness War II: The Streaming Battle」に同様のプレリリースが掲載されています。
複数の情報を要約すると、Grimm氏がTIDALと協力して420万枚のアルバム分析を行い、リスナーはシャッフルしてもラウドネスの強弱があってもトラック単位よりアルバム単位での”アルバム・ノーマライゼーション”を好む傾向があるとして、音源の意図や音質を損なうことなく最適なラウドネスアルゴリズムを設計。アルバムの最もラウドネスが大きなトラックの目標数値は- 18LUFS、スマートフォンでは- 14LUFS、ストリーミングサービスがアプリにデフォルトでノーマライゼーションを有効にしてラウドネス・ウォーを終了させることを望む、としています。
Grimm氏の論文は後日リリースされるようですので数字も含めた詳細な記述の確認が必要ですが、該当のプレリリースのすぐ後にSpotifyがラウドネスレベルを-11LUFSから-14LUFSに変更したと
ProductionAdviceは伝えています。早速、結果があわられた形となった場面ですが、その数字が先述のYouTube, AppleMusic, TIDALと並ぶSpotifyのラウドネスレベルの数値です。
さて、音圧競争への危機意識の高い制作者の方々、ソフトウェアメーカー、各業界団体の啓発活動の努力が実りストリーミングサービスがいよいよラウドネス・ウォーを終了させることになるのか、関心を持って見ているところです。
注釈
*1: Wikipedia -
List of best-selling albums (This page was last edited on 1 June 2017, at 18:58.)より引用参照。
*2: tc electronics -
loudness-explainedより参照。
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