2017年6月に
コラム ラウドネス・ウォーは本当に終了するのか!?・Part2 を投稿後、 約1年半が経過いたしました。その後の状況は、世界最大のユーザーを要するストリーミングサブスクリプション・Spotifyがターゲットラウドネス-14LUFSに設定したことや他のサブスク動向などのトピックスがメディアに取り上げられ、それを主題やきっかけにしてラウドネスメーターの用語解説など音楽制作サイドから啓蒙が始まったことと認識しています。
ラウドネスウォー(音圧競争)とは?
そもそもラウドネスウォーとは何なのか?という読者の皆さんの疑問へ”途中”から簡単に説明しますと、テレビ番組のチャンネルを切り替える場面ではあまり音量調整しないのに、オーディオで音楽を聞く場合は音量差(ジャンプと呼ばれる)を感じることがあります。これは前者が音量感のばらつきを揃える規定を国内外で2012年に策定しましたが、後者は勧告はあるものの規定までには至ってないためです。背景には後者は前者の放送電波のように統制する組織がないという事情があります。
音のばらつきはCDをプレーヤーで聞くリスナーがアルバムに合わせてボリューム調整を行う場面がイメージしやすいでしょう。その原因はメディアに収録されている音源の一番大きな音の位置や強弱の量が他のアルバムと異なっており、それが音量感としてラウド/ソフトと感じるからです。そのことを逆手にとったのか、音が大きい方が目立ち良く聞こえるという制作サイドの思い込みがバイアスとなり、結果として音がラウドでダイナミクスを失なった楽曲を量産させています。
音の大きさのレンジ(幅)やレベル(水準)を表す指標としてDRメーターやラウドネスメーターがあり、近年は等ラウドネス曲線(K-weight)とゲート(重み付け)を組み込んだラウドネスメーターが普及しています。後述いたしますが、絶対値を基準にしたラウドネス・ノーマライゼーション機能を前提にすれば後者の方が実用的と言え、既に放送業界でスタンダードという理由もあり、最近のDRメーターもラウドネスのLUFS/LKFSスケールで確認できるようになっています。(*1)
2012年に著名なエンジニア等で構成されるMusic Loudness Allianceがラウドネス・ノーマライゼーションの
提言を行い、国際的なエンジニア組織・AESが2015年に-16LUFS上限という
勧告(PDF)を行い、2017年に当ブログで取り上げさせて頂いたユトレヒト芸術学校のグリム氏(先述のMusic Loudness Allianceのメンバー)が”
音楽ストリーミングサービスにおけるラウドネス・ノーマライゼーションに関する推奨事項(意訳)”という研究調査論文の中で現実的なターゲットラウドネスを発表したというのが大まかな経緯です。
ラウドネス・ノーマライゼーションの状況
実際の状況を周辺環境から確認いたします。(読者の皆さんもお手元のプレーヤーでラウドネスノーマライゼーションの機能があるかどうか確認してみて下さい。)
図2 Spotify Rock音源 ラウドネスノーマライゼーション OFF(左)/ON(右)
図3 Spotify Classical音源 ラウドネスノーマライゼーション OFF(左)/ON(右)
図2はSpotifyのラウドネスノーマライゼーションスイッチをOFF/ONしたときのあるロック音源のアナライザ比較です。白矢印、OFF時のLUメーターは上がりON時は下がり、円形のトゥルーピーク(緑)と短期ラウドネス(黄)のヒストグラムもOFF時はレベルが上がっています。図3のクラシック音源ではロック音源ほど変化量は大きくなくIntegrated Loudness(統合ラウドネス)は-14.5LUFSを示しています。PLR(Peak to Loudness;青)は瞬間的なダイナミクス(単位dB)を表示しますが、図2-3共に数値はほぼ変わりません。
Spotifyの
Mastering&Loudnessに目を通すと、ラウドネスノーマライゼーションはアルバムノーマライゼーションを採用し、シャッフル・プレイリストの場合はトラックノーマライゼーションを適用しています。ターゲトラウドネス-14LUFSを設定。現在はReplaygainをベースに独自運用と解釈され、将来的にはITU-R 1770-4導入が記述されています。したがって図2-3のON時はターゲットラウドネス-14LUFS(統合ラウドネス)に調整された結果です。
Spotifyのチュートリアルの文章内容で印象深い点は”
ラウドな楽曲はアンフェアなアドバンテージ”という
認識がSpotifyにはあることです。
いわゆる多機能・高音質ミュージックプレーヤーではでどうでしょうか。Audirvana PlusはReplaygain Ludoness NormalizationとしてReplaygainでノーマライズなし/アルバム/トラックを選択可能、ターゲットラウドネスは-14LUFS。Roonの音量レベリングはEBU R128規格に基づき、先のMusic Loudness Allianceの提言に従い、デフォルトでターゲットラウドネスは-23LUFS(デフォルト)を
採用し、ターゲットレベルは-14〜-25LUFS間で調整可能。他にはFoobar2000とiTunesがReplaygainを採用しています。
ここで印象的なのはRoonが将来的に”
Roon対応のハードウェアで音量レベリング”に言及していることです。(*2)
ターゲットラウドネスとアルバム・ノーマライゼーション
図5 ターゲットラウドネスとアルバムノーマライゼーションの概念図
そもそもターゲットラウドネスとアルバムノーマライゼーションとは何なの?という読者の皆さんの疑問へ”簡単に”説明しますと、ターゲットラウドネスとはラウドネスレベルの基準で実質上限です。ラウドネスノーマライゼーションとはプログラムの平均ラウドネスをターゲットレベルに揃えることです。テレビでは-23LUFS ±0.5LU (-24±2LKFS)がターゲットラウドネスで、後述いたしますが音楽ストリーミングではまだ定まっていません。
ラウドネスノーマライゼーションには2つの中分類、さらにアルバムノーマライゼーションには2つの小分類に分けられると考えます。
- トラックノーマライゼーション:全てのトラックが同じターゲットラウドネスに揃う
- アルバムノーマライゼーション:アルバムの最もラウドなトラックだけがターゲットラウドネスに揃い、アルバムの他のトラックは相対的なレベルを維持する
- アルバム全体の平均ラウドネスに従いノーマライズする
- アルバムの最もラウドなトラックに従いノーマライズする
本稿のアルバムノーマライゼーションとは”2. アルバムの最もラウドなトラックに基づきノーマライズする方式”を意味しています。
そこでアルバムノーマライゼーションとは、アルバムの全てのトラックの”統合ラウドネス”または”平均ラウドネス”が評価されます。すなわち基準はトラックのラウドネス範囲ではなくトラック毎に1つになります。図5のようにアルバム内の最もラウドなトラック(赤色)が-14LUFSより大きいアルバムの全てのトラックが同じレベル差を保ったままターゲットラウドネスまで衰退します。アルバム内の最もラウドなトラック(緑色)が-14LUFSよりもソフトなアルバムはそのままのレベルに残ります。(*3)
筆者はMusic Loudness Allianceの2012年提言とEelco Grimm氏の2017年論文の中核部分は以下の2要点と捉えています。
- ”デフォルトでアルバムノーマライゼーションをONにする”
- ”ターゲットラウドネスは-14LUFS”
まず、1のデフォルト(=標準設定)という点は、音量レベルの変更をしたいリスナー
だけがOFFやレベル設定を変更するので、ラウドネスノーマライゼーションがリスニングの常識になる可能性があるということです。いまはまだデフォルトでOFF設定がほとんどです。もちろんリスナーサイドでアンプのボリュームを上げ下げすることは今まで通り可能です。
アルバムノーマライゼーションという点は、アルバム内のトラック間のレベル差を保ったままアルバムの最もラウドなトラックのIntegrated (統合ラウドネス、またはOverall Avarage:全体の平均ラウドネス)をターゲットラウドネス(-14LUFS)に合わせますので(図5参照)、制作サイドの他よりラウドにという意図
以外は維持できます。
2に関しては、ストリーミングサービスプロバイダとミュージックプレーヤーのあいだでターゲットラウドネスに-11〜-23LUFSと現状では差があります。Spotify Freeではターゲットラウドネス-14LUFSでソフトなマスターには正のゲインが適用されています。Spotify Premiumではターゲットラウドネス-11〜-23LUFS間での選択制になっています。
印象としてはラウドネスノーマライゼーションの移行期と受け止めており、近い将来はストリーミングでもミュージックプレーヤーでもアルバムノーマライゼーションを採用し、正のゲインは適用せず少なくともターゲットラウドネス上限-14LUFSに収束していくのではないかと期待を込めて考えています。
なぜラウドネスレベルのコントロールなのか?
これらのラウドネスノーマライゼーションは広義の意味を含むボリュームレベリング、ボリュームコントロールとも称されていますが、なぜ今迄ラウドネスレベルのコントロールはできなかったのでしょうか。言い換えれば、なぜ今できるようになったのでしょうか。前者は繰り返しになりますが、音楽業界にラウドネス規制を統括する機関が無いことです。メディアやコーデックにも主旨に合致した基準や機能は存じ上げません。(*4)
映像系メーカーのコーデックにはダイナミックレンジのコントロールを行う機能がありますが、基本的にはダイナミックレンジ圧縮で音量調節を少なくすることが目的のようで主旨とは外れます。またメディアとしてSACDが+6dB〜+3.1dBのレンジがあるとする論を散見したことがありますが、3dBSACDは1bit変調を行うメーカーの特性のばらつきを考慮した所以のマージンであり、基本は0dBSACD=0dBFSです。(*5)
そして今般、ストリーミングスブスクリプションの普及拡大でサービスプロバイダが膨大な音源を一元的に管理できるようになりましたので、ラウドネスレベルのコントロールが可能になったということです。それではいつどこでアルバムやトラックのラウドネス分析が行われるのでしょうか。Music Loudness Allianceの2012年提言では以下のオプションがあるとしています。
- マスタリングスタジオやレーベル
- ダウンロード配信ディストリビュータ
- ストリーミングサービスプロバイダ
- ミュージックプレーヤーメーカー
但し、”
知らないソースからのメタデータは信頼できない”として、最終的にはプレーヤーメーカーの決定としています。なるほど、ですからストリーミングサービスプロバイダやミュージックプレーヤーメーカーのアプリで絶対値を基準にしたラウドネス分析を行い、ラウドネスノーマライゼーションを実行するという理由が見当たりました。
このようにラウドネスノーマライゼーションとは制作サイドがメディアや配信プラットフォームにアップロードしたマスター音源を直接的にコントロールすることではありません。トラックのラウドさを相対的に下げることはできますが、一度失われた音のダイナミクスやダイナミックレンジは取り戻せません。取り戻すにはマスター音源を制作する段階とそれ以前で制作サイドによる意思決定が必要という点は変わりません。
- ラウドネス・ノーマライゼーションはマスター音源を直接的にコントロールすることではない。
- ダイナミックレンジを直接コントロールするにはマスター音源を制作する段階とそれ以前で制作サイドによる意思決定が必要。
上記は混同しやすい点で一緒くたにする議論を散見しますが、別の手段ですので分けて考える必要があります。
今後のラウドネス・ノーマライゼーション
これから近い将来はどういう見通しが立つのでしょうか。
ラウドネス・ノーマライゼーションは音楽業界へ過剰にラウドなトラックのレベルを下げるバイアスを事実上生じさせています。したがって制作サイドの手から離れたところでラウドネス・ノーマライゼーションが行われるという事実を制作サイドが受け止め、音のダイナミクスを取り戻すために主体的に考え行動できるかどうかが一つの観点だと思っていますが、残念ながらあまり期待はできません。
それはストリーミングがターゲットラウドネスまでレベルを自動的に下げ、他のメディアや配信プラットフォームはまだ用いてないとする制作サイドの静観論に現れています。しかし、主要なミュージックプレーヤーでもラウドネスノ・ーマライゼーションの素地が既にあり、アルバムノーマライゼーションがデフォルト化すれば、安易にピークレベルを上げる行為が無駄になる範囲は広がるばかりか、いつまでピークノーマライゼーションで0dBFSを追っているのかと思われるかもしれません。
さらに多くのメディア、配信プラットフォームやプレーヤーでラウドネス・ノーマライゼーションが行われることは、今までプラットフォーム別にマスターしていたフローが変わる可能性もあります。既に新コーデック・MQAはワンソース・マルチユースでメディアや配信プラットフォーム毎にハイレゾからCDまで(MQAがソースのAACもあり)マスターを別ける必要がなくなっています。そこでラウドネス・ノーマライゼーションが新コーデックを採用する制作サイドのマスター制作の意思決定に影響を及ぼす可能性はあると筆者は考えています。
さて、目的達成のためには複数の選択肢から有効な手段を選ぶ必要があります。マーケティングの観点での目標達成の”SMARTの法則”に沿えば、手段としてのラウドネス・ノーマライゼーションは以下のように対応しています。(*6)
- S(Specific:具体性): ラウドネスレベルをコントロール
- M(Measurable:定量性): ターゲットラウドネス
- A(Achievable:達成性): アルバムノーマライゼーションを採用
- R(Relevant:関連性): 制作サイドがラウドネスレベリングするモチベーション
- T(Time-bound:時期):タイムリー、時代に即している
古くはラウドネスウォーへの解決策に”啓蒙”や”DRデータベース”が有効な手段だと思われていました。しかし思うように結果は出ませんでした。そこへ放送業界によるターゲットラウドネス導入がターニングポイントとなり、今般のストリーミングやミュージックプレーヤーでのラウドネスノーマライゼーションの採用は、音楽を聴く人々のリスニングに快適性をもたらすパラダイムシフトと筆者は捉えています。
そしてアルバムノーマライゼーションは制作サイドの意図を最大限に維持しつつリスニングの快適性とのバランスを最適化した音圧競争へのソリューションとして、説得力が十分にあると筆者は考えています。いよいよラウドネスウォーへの結果が現れるのでしょうか。音楽業界の動き出した”チェンジ”を微力ながら応援したいと思ってます。
最後になりましたが、ターゲットラウドネスとアルバムノーマライゼーションの概念図作成に際しご助言を頂きましたEelco Grimm氏へはこの場をお借りいたしまして謝意を申し上げます。
*当コラムの内容は受け止め方や認識の誤りがあるかもしれませんので、正確性が必要ならば引用した本文等をご参照下さい。
編集後記:
新コーデック・MQAのラウドネスウォーとの関連性について。まずMQAはマスターのダイナミックレンジに影響を与えているのでしょうか。MQA曰く、”MQAの目標はオリジナルマスターに忠実なサウンドを提供すること”として、基本的にDR値に影響は与えないそうです(*7)。このことは本旨にあるマスターを直接コントロールすることではなく、制作する段階とそれ以前の意思決定が必要という点に合致しています。
ラウドネスレベルのコントロールの観点では、マスターが明らかでありエンコード&デコードスキームにより音源の品質を保つ点にMQAの優位性があります。そこでラウドネスノーマライゼーションについてもMQAにお尋ねしたところ、ストリーミングやプレイリストにおいて重要だという認識を持っており、近い将来に含みのある回答でした。これ以上の内容は本稿では控えますが、他のラウドネス・ノーマライゼーションの動きと共に推移を見守りたいと考えています。
注釈:
*1:
Roonはダイナミクレンジ計測にクレストファクタを測定することは古い手法だとし、また
Musicscopeはラウドネスを計算するアルゴリズムはRMSよりも知覚するラウドネスの優れた指標だとしています。
*2:
Roon Knowledge Base: Volume Levelingより参照。
*3 当記事のアルバムノーマライゼーションはGrimm氏の提言を基にしています。詳細は
当ブログPart2をご参考下さい。
*4: 他にラウドネスレベリングという制作時等に使う実践的な用語があります。
*5:
Grimm Audio: DSD faqより参照。
*6: 目標達成の基準は「
SMARTの法則(wikipedia)」をご参照下さい。
*7: MQA、Bob Talks White Glove: Fairytalesの
付録ページ記載のDR値比較にはデコード前後で値に差異はありません。CDと176.4kHzとの差(0.1dB)はDACに起因し四捨五入値で表されているそうです。
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