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レビュー ロッセン・ミラノフ & 児玉 桃 「チャイコフスキー」

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兵庫県立芸術文化センターで行われた『第121回定期演奏会 ミラノフ&児玉桃 ザ・チャイコフスキー!』へ行って参りました。例年は節分過ぎから気温が落ち着きますが、今冬は節分直後に寒波が押し寄せ、その後すぐに気温が上向く変則的な気候に左右されています。週末の午後は湿度を感じるあいにくの曇り空でしたが、穏やかな天気は人々の外出を誘うようです。

 開演15分前に到着するとエントランスホールには既に大勢の人が行き交い、チケットチェックの入口へと吸い寄せられます。会場はKOBELCO 大ホール。ステージには中央にスタンウェイのグランドピアノと椅子。その背後に赤い絨毯の指揮台。オーケストラセットはフルに近く、ステージ下手にオルガンと2台のハープ、ステージ背後には左手に銅鑼が目に入ります。ティンパニ奏者が開演直前までチューニングし、ステージ裏から管楽器の音が聞こえます。

 座席は2階左寄り。年齢構成は中高年が多い印象。開演を告げるアナウンスのあとステージが明るく照らされ、両手よりPACオーケストラ団員が登壇すると拍手が起こります。コンマスの豊嶋泰嗣さんがチューニングを始め、揃ったところで客席が暗転、下手より赤いドレスにシルバーゴールドのアクセントを纏った児玉桃さんと黒のタキシード姿のロッセン・ミラノフさんが登場するとひときわ大きな拍手が起こります。ミラノフさんと児玉さんが客席へ一礼し、いよいよ開演です。



PENTATONE公式YouTubeチャンネル 「Mari Kodama & Momo Kodama: Tchaikovsky Ballet Suites for Piano Duo」  

演目は
 ・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 Op.23
  (アンコール)
  (休憩)
 ・チャイコフスキー:マンフレッド交響曲 ロ短調 Op.58
  (アンコール)


 今回のプログラムはオール・チャイコフスキープログラムです。ピアノ協奏曲 第1番は誰もが一度は耳にしたことがある有名な序奏と録音でも人気のある作品です。一方、マンフレッド交響曲は番号付けのない唯一の交響曲作品で普段は耳にする機会が滅多にありません。前半はピアニスト・児玉さんとPACとの共演、後半はミラノフさんのタクトが聞きどころ見どころ。期待に胸が膨らみます。




 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 …

ブログ10年目を迎えて


   ”今日は阪神・淡路大震災から15回目、追悼の日。
  近くの慰霊碑に献花してきました。
  あの日のように、空気はまだ冷たいけど、
  空を見上げると、快晴!冬の空。”(*1)

  2010年1月17日21時22分、初稿は阪神淡路大震災から15年目の日に記しました。それまでの15年間は若いなりの懸命さの裏で、一人思う日々でもありました。それは”あの時、もっと何かできなかったのだろうか”という心残り(*2)。当時出した答えは”たちあがろうとする人々を支えながら共にいること”でした。やがて十余年の歳月が経ち、自分もその一人だということを自覚し、自分なりに納得できるような心境に変化しました。それがブログ立ち上げの一つの契機です。1月17日初稿といたしました。

 ブログ開始当初は趣味全般を記述する不定期日記のような体裁でSNSとも連携を模索しました。2011年3月11日の東日本大震災、その7日後に記しています。”普通に笑い、泣き、楽しむ生活が、大切だと思います。”と。先の経験からこう思えたなら、苦しみもがいた日々は無駄ではありませんでした。5年後の2015-6年にコンセプトを音楽とオーディオへと集約し、ネームとブログ名を変更、サイトデザインもレスポンシブ対応へとリニューアルいたしました。

 たとえば、走っているとランナーズハイとは別に身体全体の細胞が喜ぶ感覚を受けることがあります。たとえば、楽器を演奏していると心地よい気分を超えて感極まることがあります。しかしいくら走っても、もはやマラソンで日本記録に並ぶことはありません。いくら楽器を学んでも、もはやショパンコンクールに出場することはできません。趣味の時間とは、日々の生活を彩り豊かにするものだと理解しています。

 先日、演奏会で音楽を聴きながらふとあることが心に浮かびました。”この席でモーツァルトを聴きながら静かに息を引き取ったなら幸せだろうな”と。不吉ではなく幸せを感じる心境でした。これは細胞が喜ぶ感覚に近いのでしょうか。彼の論語に”四十にして惑わず”という言葉がありますが、やっと不惑の年代に自分なりの解釈ができたように捉えています。音楽には度々済われてきましたが、今後も趣味として続けることができれば幸せなことです。

 しかしこの先、身体が衰えていく現実があります。今よりも音楽が聞けなくなったらどうしよう。演奏会に行けなくなったらどうしよう。そんなときは、自然の音を聞けばいい。朝は風がそよぎ、樹木の枝葉が擦れ、小鳥が囀る。昼は蝉が鳴き、風が靡く。夕刻には風が止み、烏が帰り支度を始める。きっとモーツァルトもベートーヴェンもショパンもジャズメンもロックンローラーも自然の音をモチーフに創作し、自然の風景にインスピレーションを得てステージで演奏した瞬間があるに違いありません。

 たとえ間接的だとしても、音楽家とは自然の音で繋がっています。だとしたら、自然の音を聞いて心の中で自由に音楽を鳴らすことができるはずです。辛くなったときは自分に寄り添う音を聞けばいい。抗わず現実を受け入れればいい。それで音楽やオーディオのことを書けなくなったなら、詩でも絵でも綴ればいい。そういう心積りでいることが趣味の音楽もオーディオもいつでも辞められる、拘りは少し持つが執着しない自負につながっています。たとえ生業にしていたとしても、おそらく同じことでしょう。日々をモノクロームにしては勿体ないことです。

 そして趣味は、たった一人でも知識や経験をギブアンドテイクしながらでも育み楽しめるもの。2010年以前から音楽、オーディオ、DIYの先人たちはホームページやブログを通じてこう教えてくれたように思っています。だから私もつなげよう。この初心が10年続けられたモチベーションの一つだと言えます。ただここ数年は、長期に渡り更新が滞ったり閉鎖したサイトが2010年当時より目立つ状況にあることが気がかりで残念です。何かできることはないでしょうか。

 翻って1995年1月17日、今の人生を想像だにしませんでした。2010年1月17日、ブログが10年続くとの思いには至りませんでした。人生は何が起こるかわかりません。ただ言えることは、演奏会で静かに天上する最期まで音楽を聞き続けられたなら幸せという、心の中から湧き立つ感情が確かに芽生えたということです。この静かに熱を帯びた想いが続く限り、言葉に変換する場所をこのブログにもう少しだけ置いておきたいと考えているところです。ブログ10年目を迎えて、感謝と共に。 - INORI




脚注
 *1: 2010年1月17日初稿から参照。
 *2: 発災当時の記憶をnoteに記しました。「1.17 あの日あの時の断片・震災を語り継ぐために




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