パソコンの買い替えサイクルは3-5年だそうです。いまこの原稿を書いているMacは2012年製ですので、その常識から言えばそろそろ買い替えどきなのかもしれません。ですが、昨今はアプリのクラウド化やデータ軽量化のため、あるいはOSアップデートサポート対応機種のため、さらに機能的な不備を感じることなく、まだリプレイスを考えさせません。
さて、新製品は概して期待感を催します。前作とどのような違いがあるのか、スペックやクオリティがどの程度アップグレードしたのかなど差異を比較したくなります。多くの新製品は何らかの改良が加えられていることを大きく、ときに控えめにプロモートします。モデルチェンジの差異が大きいほど製品を更新する動機が高まるとは経験則です。
あるいは長期継続的に製品更新するが、前作と新作との差異が少ない場合もあります。マイナーチェンジがそれに該当します。家電製品の多くはこのマイナーチェンジを繰り返しながら、少しづつ機能的・外形的な改良が加えられています。なかには材質のグレードダウンなどがあることも事実ですが、Macはマイナーチェンジ、更新し続けている製品の一つです。
製品のモデルチェンジの周期は様々ですが、チェンジを終えた製品は生産完了品となります。その後の保守サポート期間は、早いものが5年、一般的に7-10年という見方は常識的と言えるかもしれません。実際に家電メーカーのサポートに問い合わせると、修理用パーツの保存期間と保守サポートの期間が概ね一致します。
その修理用パーツの保存期間は、生産完了時を起点に”補修用性能部品の保有期間”として「
家庭電気製品製造業における表示に関する公正競争規約及び施行規則」(公益社団法人 全国家庭電器製品公正取引協議会)で定められています。エコアン・冷蔵庫は9年、カラーテレビ・ステレオは8年を下回ることはできない取り決めです。メーカーはその期間は保守部品を保持していなければなりません。
この期間であれば有償・無償の修理が可能ということになります。しかし有償の場合、部品や内容により修理代金が高額になるケースがあります。ですから、修理代金と買い替え費用との比較により、新製品にリプレイスするか否かを決める機会が”補修用性能部品の保有期間”にあるとも言えるわけです。それ以降になると修理不可能として対応される蓋然性が高くなります。
なぜ蓋然性が高いかと言えば、補修用性能部品を生産し在庫を続ける間に維持コストがかるので、メーカーは可能な限りそれらコストを下げるためにサービス対応を打ち切るわけです。逆に言えば、その間はユーザー・コストが下がることになります。つまりは生産完了前までの間がユーザーにとって一番対コストとしてメリットを享受できる期間と言えるわけです。
別の側面から見てみましょう。
たとえば諸事情により製品を売却するとして、製品が生産中であれば再販売価値(リセール・バリュー)が担保されます。現行機種かつサポート期間中なのでユーザー・コストが下がっているためです。また”補修用性能部品の保有期間”は次いでコストが下がる理由と言えるでしょうからバリューは維持されることになります。
ではカスタマー・バリューが下がるのはいつどの時点なのでしょう。時系列で見ると、新製品がリリースされユーザーに届き(*1)、評価が出た時点が一つの起点なのかもしれません。あるいは競合製品がリリースされ、相対評価が出ればバリューが下がる起点になり得ます。また”補修用性能部品の保有期間”が過ぎればコストは上がるわけですから、生産完了時がバリューが下がるカウント起点と見做すこともできます。
つまりこの時点で言えることは、カスタマー・バリューは製品を絶対的に見れば、現行製品で維持されつつ、もちろん買い替え時の動機は修理の可否だけではありませんので、モデルチェンジよる更新度合いの大きさ、それに関連する生産完了時が一つのポイントで、その後の”補修用性能部品の保有期間”にバリューの下落が続く。相対的に見れば、競合製品との比較評価時にバリューが決まるということになります。
オーディオ製品で考えてみましょう。
国内オーディオメーカーA社。4つのレンジにグレード分けした主力のアンプ類を、4年に一度のサイクルでそれぞれマイナーチェンジし続けています。4年に一度の更新ですのでスペックと外形的な差異は僅かですが、実質的に1年毎に新製品がリリースされていますので、グレードアップを含めて考えればユーザーの更新動機は2-3年に一度は訪れていると言えると考えます。
A社のメーカー保証は5年(CD類は3年、業務用は2年)、アフターサポートは45年前まで遡る製品に適用することはつとに有名です。販売価格は比較的高価ですのでイニシャルコストは上がりますが、定期的なマイナーチェンジとサポートにより生産完了以降に修理不可能となる蓋然性が下がり、ユーザー・コストも下がる。また再販売価値も高いことから、カスタマー・バリューが高く維持され長期ユーザーが増える。
海外オーディオメーカーのL社。2000年代に一時は経営難に陥りましたが、メーンバンクの指導の下に経営合理化を行い、創業当時からのアナログプレーヤーと新たに2007年、デジタルストリーマーに経営資源を選択集中することに活路を見出し、先を見据えCDプレーヤー生産ラインを撤去した逸話は脚色美化されたものだとしても、現実的に経営再建が成功した企業です。創業時期ならびに、数年前の数字ですが売上高規模はA社とほぼ同じです。
L社の片翼を担うデジタルストリーマーがハイレゾフォーマット(24bit/192kHz)を再生する基本デザインは10年前から変更がありません。メーカー保証は5年、4レンジのグレード分け、4年に一度のモデルチェンジ(*2)、追加機能もグレード共通、ファームウェア更新は随時、故障の蓋然性も低いことからユーザー・コストは下がり、カスタマー・バリューが上がる。イニシャルコストが高いことも含めビジネスモデルはA社と類似点があります。
またA社とL社の共通項を挙げるとすれば、多くのメーカーがグローバル・サプライチェーンを志向している中において、2社はローカル・サプライチェーンにこだわっている点です。外部委託せず可能な限り自社工場または国内生産を行なう (*3)。 L社の場合はハードウェアだけでなくソフトウェアのプログラミングも自社開発しています。ではなぜローカル・サプライチェーンなのでしょうか。
それはアフターサポートサービスに帰結します。より質の高い製品を作ることで製品バリューが上がり、より質の高いアフターサポートを行うことでユーザー・コストが下がり、再販売価値も上がることからカスタマー・バリューが持続され、結果的に長期ユーザー(ロイヤルカスタマー)となり、経営基盤が安定する。いわば好循環です。2例挙げましたがその他、同様に志向するメーカーも存在します。
一方、グローバル・サプライチェーンは製品の大量生産と低価格化志向ですので、ユーザーのイニシャルコストは下がり、概して生産完了後のサービスや再販売価値も下がります。今やこれがスタンダードであり、比べると先例は特別です。しかしカスタマー・バリューは高いに越したことはなく、メーカーは製品の品質向上に努め、ユーザーは競合製品の相対評価情報を得たり、メーカーに機能性向上を要望したりとバリューを上げるための合理的な行動を行います。
さらに昨今はPC、NAS接続するデジタルインターフェース機器が増加し、機能性の追加だけでなくOS更新に起因するアプリケーションのバグ修正やパフォーマンス向上がサポートで不可欠な要素になっています。その対象は現行製品だけでなくモデルチェンジ後の生産完了品にも及びます。後者の場合、おおよそ機能追加は見込めないにしても、パフォーマンス維持のため一定のアフターサポートは必須でしょう。
とくに近年はスペック競争を背景に、ファストファッションを彷彿させる製品に狡猾なセールスマーケティングとメディアコマーシャルを伴い目が奪われがちですが、もし数年で生産完了しファームウェア更新が遅延・停止することになれば、たとえその時点での製品評価が良くてもサポートは絶対評価にならざるを得ないことからユーザーコストは上がるばかりか、カスタマー・バリューは下がる要素となります。
したがってメーカーのロジスティック志向だけで製品の良し悪しが決まるなどとは言えませんが、製品選択時においては、製品スペックや相対評価だけでなくメーカー・代理店のセールス・スタンスやアフターサポートも含めたサービスへの自己スケールでの採点を行い、その際にはユーザー・コストとカスタマー・バリューを勘案することが、これからもオーディオ製品と付き合い楽しむためには必要な工夫の一つになってくるのではないかと考える次第です。
注釈
*1: 減価償却資産の耐用年数5年(音響製品)はこの期間です。
*2: 近年モデルチェンジの時期と追加機能のグレード別仕分けの変化があったことを指摘しておきます。
*3: CDメカ、ICデバイス、カートリッジなど他社パーツを採用しています。
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