Mojo Audio社のBenjamin Zwickel氏が「
DSD vs. PCM: Myth vs. Truth」(DSD 対 PCM: 神話 対 真実)と題した論説を2015年8月に自社のブログに投稿しています。Mojo Audio社も稀有なマルチビットNOS-DACメーカーの一つだと言われており、彼らのDSDへの考察をご紹介致します。
尚、引用先の本文中にはGrimm Audio社のホワイトペーパーで用いられたフォーマット変換フローチャートや図解と同じものが使われています。
序論
Direct Stream Digital (DSD) は、ハイエンドオーディオの大きな動きとなってます。超高サンプリング周波数とともに、エンコーディングとデコーディングを簡素化し、比類のないパフォーマンスを約束します。これら私たちが待ち望んでいたことなのでしょうか?それとも単に誇大広告なのでしょうか?このブログは技術的な事実から誇大広告を離し、DSDの利点を説明し、Pulse Code Modulator (PCM)がどのように優れているのかを説明します。
簡素な歴史
「1980年代初期のデジタル録音は低解像度で生産されました。1990年代初頭、ソニーはアナログマスターをアーカイブする安価なメディアの必要性を検討し1995年、アナログからデジタルへ直接変換する1bit 2.8MHz DACチップを開発しました。」
「その後、ソニーはフィリップスとSACDを開発しましたが、市場はすでに5bit/128fsへ到達していました。これらは非常に高価なR-2RマルチビットDACの代替として市場に投入されました。ビットストリームDACのアルゴリズムはPCM入力をDSDヘ変換します。結果、再現性を犠牲しにコストを優先させたわけです。」
「R-2RマルチビットDACは製造コストが膨大であることだけでなく、より洗練された電源供給を要求しますので、ビットストリームDACの倍の費用がかかり、確かに一般消費者が探しているものではありませんでした。」
DSD vs PCM Technology
「PCM録音は16 or 24/44.1kHz-192kHzで市販されています。最も一般的な形式は16/44.1のレッドブックCDです。DSD録音は1bit/2.8224MHz(DSD64)で市販されています。このフォーマットはSACDに使用されています。DSD128、DSD256およびDSD512などの高解像度のDSDフォーマットはレコーディングスタジオのために作成され、僅かに販売されいます。」
「DSDとPCMの解像度の直接的比較を行うことはできませんが、一つの推定値はDSD 1bit/2.8224MHzは20bit/96kHzのPCMと同程度の分解能を有し、別の推定値では20/141.12KHz or 24/117.6KHzのPCMに等しいということです。言い換えれば、DSD64またはSACDは16/44.1のCDよりも高解像度で、大まかに言えば24/96のPCMの録音と同程度の解像度であり24/192の解像度には及びません。」
「DSDとPCMはアナログ信号に近似するよう量子化されています。 DSDとPCMの両方が量子化誤差、直線性誤差、量子化雑音を有し、超高周波ノイズを回避するローパスフィルターを必要とします。言い換えれば、どちらも完璧ではありません。」
「PCMは均一な間隔でサンプリングされたアナログ信号の振幅を符号化し、各サンプルはデジタルプロセスで、最も近似値へ量子化されます。ステップの範囲は記録のビット深度に基づき16bitは65,536、20bitは1,048,576、24bitは16,777,216ステップを有し、より多くのビットまたはより高いサンプリングレートほど高解像度です。つまり20/96の記録は16/44.1の約33倍の解像度を持ちます。」
「DSDはパルス密度変調、2.8224MHzのサンプリングレートで単一ビット値のシーケンスを使用して音楽を符号化します。これはレッドブックCDのサンプリングレート44.1kHzの64倍に相当しますが、しかし
16ビット深度解像度の1/32,768倍です。」
「グラフでPCMの量子化が2軸で、DSDが1軸で表現されることは、つまりDSD再生はクロック精度がより要求されることを明示しています。もちろん各ビットの電圧精度、基準電圧の調整は両方のコンバータでも同様に重要になります。またレコーディング時のクロック精度は再生時のクロック精度よりも重要です。」
「5.6448MHz(DSD128)、11.2896MHz(DSD256)、22.5792MHz(DSD512)の高サンプリングレートDSDフォーマットがあり、これらのフォーマットを販売する解しがたい企業がありますが、本来はスタジオユースを目的としていました。これらのダブル、クワッド、オクタプルDSDは44.1KHz、48KHzの倍数であり、44.1KHz、96kHz、192kHzの約数であることを覚えておいて下さい。」
問題点
「PCMとDSDの両方のフォーマッットが完璧に達しない3つの問題点があります。量子化誤差、量子化ノイズ、非直線性です。量子化誤差は、いくつかの方法で発生する可能性があります。その一つは、デジタル録音の初期の時代のことで、解像度が低すぎることでした。小さなbitや小サンプリングレートは量子化できません。」
「アナログ信号値が2つの量子値の間にあるとき、デジタル録音ではサウンドはボリュームの高低、周波数の速度を再現しますが、オリジナル音源の時間、曲、強度を歪ませます。多くの場合、これは初期のデジタル録音に関連する、硬く耳疲れする不自然な奇数次高調波を生成します。」
「近代的なサンプリングレートは人間の耳を騙すに十分ですが、あるフォーマットから別の別のフォーマットへ変換するとき、量子化誤差は依然として発生します。例えば1990年代半ば、ソニーはアナログマスターライブラリをDSD64でアーカイブすることを決めたとき、これらのマスターが将来を保証し、任意のフォーマットを再現することができると信じたことは間違いでした。事実、これらのマスターは44.1KHzで割り切れるフォーマットしか正しく再現されません。だからDSD64マスターファイルから作成される96kHz or192kHzは量子化誤差を持っています。この点が、私が憤慨する幾つかのうちの一つの理由です。」
「もし44.1kHzがオーディオ帯域においてクリティカルにエイリアシングエラーをより少なく設計するためにスタンダードとしたのならば、それではなぜ48kHzを使い始めたのか?ということです。彼らはハイレゾ・フォーマットとして88.2kHz or176.4kHzを薦めるべきでしたし、混乱のすべてが回避されている可能性がありました。彼らは44.1kHzで割り切れるDXD形式 (24bit/352.8kHz)を作りました。なぜ底抜けのXXは96kHzと192kHzをハイレゾオーディオとして決めたんでしょう?」
「量子化ノイズは避けられません。どんなフォーマットでデジタル化しても、超高域の遺物は生成されます。よりbitが高ければノイズフロアーは下がります。ノイズフロアーは各ビットで6dBずつ下がります。1bit DSDは16bit PCMよりかなり多くの高域ノイズがあります。PCMではノイズはサンプリング周波数で決まります。ソニーとフィリップスはなぜCDを44.1kHzのサンプリングレートで設計したのか。それは人間の可聴帯域である20kHzの2倍だから。シンプルなローパスフィルターをPCMコンバータの出力側にセットすれば、30kHz付近までノイズを除去することができます。」
「DSD64は別です。25kHz以上で急激にノイズが上昇し、高性能なフィルターとノイズシェーピングが必要です。DSD64の出力側でシンプルなローパスフィルターを使うならば、結果は位相/時間は歪み、可聴域にひどい影響が現れるでしょう。ソリューションは可聴帯域外にノイズを移動するノイズシェーピングかまたは、より高サンプリングすること。これがDSD128やそれ以上のDSDフォーマットが現れた理由です。」
「ジッターは不正確なクロックによって引き起こされる再生頻度の不一致として定義されます。結果として、音楽を時間と調で歪ませる非線形の、不自然で奇数時高調波を持つアナログ波形として現れます。これは通称”digititis”と呼称されています。ステップごとのコンバータのクロック・レートまたは電圧のいずれかがオフの場合、非直線性が発生する可能性があります。より正確なクロックではアナログ出力が直線性です。なぜ他の企業はMSB電圧を最適化する方法を持っていないのか?」
ピュアDSD神話
「誇大広告にもかかわらず、ほとんどのピュアでないDSD録音が一般消費者の手に渡されています。DSDファイルを編集・ミックス・マスタリングする方法はありませんし、唯一のピュアDSDはポスプロなしにダイレクト録音された、またはアナログ卓でミックス&マスタリングされたものです。ほとんどのピュアDSDと称される録音は実際PCMで編集しています。マーケティング広告にあるDSDフローチャートはほとんど無く、理論上も存在しません。」
「ある世代のあるレベルのピュアDSD録音があります。これは少なくとも古いPCMマスターから作られたもので、これらPCMマスターは現代のPCM録音と比べ、かなり量子化誤差がありリニアリティが低く、低解像度です。オリジナルマスターより良いものは手に入りませんので、これらのDSD録音の音は低解像度の元のPCMマスターよりも悪いのです。」
「今日のDSDマスターに由来するピュアDSD録音は、超高サンプリングの5bit or 8bitのPCM(Wide-DSD)でレコーディングされています。ほとんどの市販されているDSD録音は、編集・ミックス・マスタリングのために前後でPCMへ変換しなければなりません。この各コンバートにより、量子化ノイズや量子化誤差が付加されます。これから疑問が湧きます。なぜすでにPCMマスターがあるのに、追加のステップ(DSDコンバート)で品質を落とすのですか?と。」
「DSD vs PCMのもう一つの神話。DSDとPCMを比較するリスニングテストで、PCMは聴き疲れし、DSDはアナログ的であるというもの。この膠着化したマーケティングの嘘ですが、DSD64と16/44.1のハイブリッドSACDにおいて、DSD64は16/44.1に比べ概ね33倍の解像度があるのだから、PCMよりDSDが良いと言うでしょう。真実は、最近のブラインドテストではハイレゾPCMとDSDは統計的に区別できないことを証明しています。ほぼすべてのDSD録音がPCMで編集・ミックス・マスタリングされているのですから、不思議なことではありません。」
概要
「歴史的にマーケットの録音のほとんどの決定項は、技術的な優位性や高忠実度よりも消費者の利便性や利益に基づいていました。」
「R-2R(マルチビット) DACとそれらをサポートする回路は、DSDやビットストリーム技術より製造コストやサイズが大きくなります。」
「16/44.1のCDより高解像度のDSD64やSACDは、大まかには24/96のPCMと同じですが24/192には及びません。」
「多くの録音が24bitとして宣伝されていたにも関わらず、全ての24bit録音はレコーディングスタジオで量子化ノイズを低減するためだけに使われていました。一般消費者向けは20bit以下の低レートでマスタリングされていました。」
「ハイブリッドSACDのDSD64は16/44.1の概ね33倍の解像度があります。これは同じディスクで音楽を再生し公正な比較をしていると顧客へ信じこませ、SACDプレーヤーの潜在顧客へ売る目的のために意図的に利用されてきました。」
「DSDはPCMよりかなり多くの量子化ノイズがあり、ノイズは可聴帯域近くにあり、より高精度のデジタルフィルターが必要で、それはノイズシェーピングも同様ですが、アナログ信号に歪みをもたらす可能性があります。」
「DSDの誇大広告に使われているようなピュアDSD録音はほとんど存在しませんし、DSDを編集・ミックス・マスタリングする技術はありません。高精度5bitや8bit PCM (Wide-DSD)は、ほとんどすべての今日のDSDレコーディングと編集・ミックス・マスタリングのポスプロに使われています。」
「ハイレゾPCMとDSDフォーマットはブラインドテストで統計的には互いに区別できません。」
「PCMファイルをDSDやビットストリームコンバーターで再生する場合、DACはリアルタイムにPCMをDSDへ変換しなければなりません。これが人々がPCMよりDSDの方が音がいいとする主な理由ですが、実際には、ただ単にシングルビットDACのPCMデコード性能が悪いということに過ぎません。」
「もちろんほとんどの録音は、ハイエンド・オーディオファイル・システムとは対照的に、カーステレオやポータブルデバイスにおいて優れたサウンドに設計されています。周知の事実ですが、アーティストやプロデューサーはしばしば最終ミックスを承認する前にMP3プレーヤーやカーステレオで曲を聴きます。」
「私は流通しているそれらのフォーマットや解像度よりも、録音クオリティがより重要な役割を果たしていると信じています。酷いことに、大手レコーディング会社はこのことに同意しません。レコーディングスタジオの幹部達は、利益を最大化するためにオリジナルマスター品質をかなり妥協してまでポスプロおいてエラーは編集削除されると主張します。レコーディングの黄金期は終了したと思います。」
「これとは対照的に、私のお気に入りのデジタル録音は、1950年代に真空管式オープンリールレコーダーでアナログ録音した音源をデジタルマスターしたものです。有機的特性と部屋中に広がる倍音成分を感じると、多くのオーディオファイルがこれらの録音を賞賛する意味が明らかになるでしょう。」
「私はDA変換にはシンプルなシグナルパスと電源ノイズの少ないものがいいと信じます。したがって、数十年に渡る執念であるR-2Rノンオーバーサンプリング・コンバージョンと低ノイズ電源をMystique DACに使っています。」
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シングルビット、マルチビット各コンバータメーカーのこれらペーパーを並べ見てみると、まるで隣り合って空いているパズルの2ピースを当てはめたときの、画が合わさり浮かんでくるような、それがつまりDSDフォーマットのマーケティング上の誤解の数々が解明されていくことであり、そうして辻褄が合って見えてくるものがありました。
Mojo Audio社のコラムにおいても、技術解説を背景にDSDマーケティングのミスリーディングを指摘する内容になっています。例えば、巷ではPCMは切り貼りで楽曲を制作し、商業主義に傾倒しているとの批判を目にしたことがりますが、元を辿れば、実はコスト優先した結果が1bit DACの導入であって、今でもそのフローが続いているということ。
あるいは、PCMは聴き疲れしDSDはアナログ的であるというのは膠着化したマーケティングの嘘で、そもそもSACDはCDの概ね33倍の解像度があるのだから音はいいはずで、同じハイブリッドSACDでそれらを再生しSACDプレーヤーを売り込む、あるいはDSDフォーマットがいい音だとオーディオ愛好家を信じ込ませるマーケティングの一環だと論難しています。
さらに、昨今のDACではDSDをPCMヘリアルタイム変換するプロセスが入りますが、PCMよりDSDの方が音がいいとする声に、ただ単にシングルビットDACプロセスのPCMデコード性能が悪いということに過ぎないと、まるで一笑に付しているかの様です。その他、アナログマスターの1bit/2.8224MHzアーカイブズ化とその後のハイレゾ・マーケットについても批判を展開し、この論点も確信的です。
さて、いかなるDSDをいわゆるDSD対応DACで再生し”やはりDSD5.6MHz以上がベストプラクティス”だと耳を傾け信じてやまないその音楽は、神話の音なのでしょうか?それとも真実の音なのでしょうか?
最後に、記事引用の機会をいただきましたMojo Audio社のBenjamin Zwickel氏へ感謝申し上げます。
*「」の引用文は英文を意訳したものです。正確性が必要ならば各本文をご参照下さい。
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コラム 音楽メディアとフォーマット・DSD Part1 - DSDとリスナーの便益
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コラム 音楽メディアとフォーマット・DSD Part2 - LINNのDSD批判
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コラム 音楽メディアとフォーマット・DSD Part3 - DSD懐疑論
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コラム 音楽メディアとフォーマット・DSD Part4 - DSDの普及コスト
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コラム 音楽メディアとフォーマット・DSD Part5 - DSD Myth・GrimmAudioのホワイトペーパー
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コラム 音楽メディアとフォーマット・DSD Part6 - 神話と真実・Myth vs Truth
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コラム 音楽メディアとフォーマット・DSD Part7 - SACDの現状と未来
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